2011年05月29日

クリーニング店プロジェクト

先日、障害者の人たち3名、その父親1名、PDK職員1名と一緒に
KLのミッドバレーにある「メガモール」というショッピングモールに入っている
障害者の人たちが経営しているクリーニング店を見学してきました。

それはなぜかというと、私の任地でもクリーニング店を開く計画があるからです。

計画は

・ある洗濯機器の販売会社が障害者への特別価格で洗濯機を提供してくれる。
・福祉事務所では福祉受給者が事業を起こす時に、その支度金を出すことができるので
そのお金で洗濯機を購入する。
・任地にて、とあるホテルが場所を無償提供してくれるので、その場所をかりてクリーニング店を
開店する。
・福祉事務所と洗濯機販売会社が協力して障害者の人たちにトレーニングを行い
障害者の人たちによるクリーニング店経営を目指す。

というもの。

KLでは昨年から同じ方法ですでに開店している店舗があるので、このプロジェクトに参加希望の
人たちと一緒に見学してきた、という感じです。

KL店では売上はまだまだこれからのようですが、7名の障害者の人たちがシフト制で
働いているとのこと。

車いすの人がグループリーダーで、他の人たちへの指示も行っているみたいで
「自分はここで勉強して、できれば将来的には自分の店舗を持ちたいと思う。」という
夢も語ってくれました。

RIMG0088.JPG


さて、しかしながら私の任地でのこのクリーニング店開店の目途はまだたっていないのが現状。

というのも4名の人たちでスタートさせたいのですが、その4名が集まらない。

このプロジェクトだけではないのですが、これまでの任期の間に多くの障害者の人たちに
出会い、その人たちに多くの可能性があると感じましたが、
就労、ということになると常に何かの問題があり道が遠くなってしまいます。

いくつかある問題がなんだろう、と先日書き出してみたのですが、思いつくのは以下4つ。

@交通手段
地方へ行けばいくほど、交通手段は限られてしまい、家族が送り迎えをしてくれる
などの好条件がない限り、仕事の可能性のある場所に行くことができない。

A家族の反対
家族が反対する理由もいくつかあるみたいな気がします。
ひとつには「一人で働きに行くのは危ないから。」
特に知的障害者の場合は、バスに乗って一人で外出するのは危ない、などと言って
反対されたりします。通勤についても支援する、と言ってもその不安はなかなかとれない
ようです。
また、「障害があるのにわざわざ働きに行く必要はない。」という意識が強い家族も
多いよう。要するにもうそんなに貧しくないマレーシア、家族に扶養するだけの経済力がある、
ということでもある。障害があるのに、無理して働くということにチャレンジする必要ない、
いいよ、家にいてたら、親の自分たちが扶養するから、という状況もあると聞きます。

B政府の支援スキームの少なさ
とはいえ家族に不安や障害者の社会参加の機会向上の認識が少なくても、支援スキーム
が豊富であれば、その不安払しょくや認識の変化は起こるのではないか、と思うの
ですが、政府が障害者へ提供する支援スキームは今のところ金銭面や車いす等の
機器の提供のみ。
支援の向上のためには、きめ細かな支援の枠組みと何より人手・マンパワーが必要
ですが、その面についてのマレーシア政府の認識は薄いように感じます。

C支援者側のあきらめ
「かな、こんな田舎で障害者に仕事をみつけようとしても無理だよ。」
と何度も言われたような気がします。実際そうかもしれない。
でも、支援者側(特にPDKの職員ですが)はあきらめの方が先にきてしまって、
チャレンジする意欲自体が薄いように思います。
実際、事業者に突撃訪問してみると、そりゃあ100発100中ではないですが、話を
聞いてくれるところもあるし、上と相談してみますね、趣旨はわかります、と言ってくれたりもします。
日本で働いていたときに、先輩から「障害者の就労先を探すのは浜辺で砂金を探すような
作業だけど、ないわけじゃない。」と言われたことを思い出すと、とにかくあきらめず
だめでもともとでアタックすることが必要なのになぁ、、、と感じます。

で、このクリーニングプロジェクトでの人あつめもまた、家族の反対、交通手段のなさ
などで難航中。いつスタートできるのか、まだわかりませんが、うまくいけばいいのにな・・、と
私もプロジェクトの一員として現在奔走中です。
posted by おさる at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

就労支援第3号

就労支援第3号は

「農業」

とうがらし農家の人が障害者雇用を受け入れてくれることになりました。
まだ本格的に雇用してもらえるかはわからないけど、
とりあえず1か月の試用期間。

先日、一緒にとうがらし農園作業に行ってきましたが

暑い!!!!

2時間も作業していると、頭がくらくらしてくる暑さです・・・。
私はここで働くの無理・・・。

っていう感じでしたが、一緒に行ったPDK利用者の人は大丈夫そうでした。
が、頑張って・・・、たまに見に来るね・・・。

RIMG0071.JPG

とうがらし農園の横でバナナの木を植える作業もしているみたいで、
バナナの木の苗も植えてきました。

8か月でバナナがとれるようになるそう。
楽しみだな〜。


RIMG0074.JPG





posted by おさる at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

4月の福祉分科会

ちょっと前の話になりますが、4月26〜28日にKLにてJICAボランティアの中で
福祉関係の職種の人たちが集まる、「福祉分科会」がありました。

そのうち1日はボランティアだけでのグループワークをしましたが、
残り2日は配属先のカウンターパート(同僚)や各局の少々お偉いさんも集まっての会議と研修。

私のカウンターパートも来るのか・・・。微妙な関係(変な意味じゃないです)だし、
そんな場に一緒に行くの、なんかこっ恥ずかしいぜ

とかなんとか色々と思っていましたが
JICAやいろいろお偉いさんも来ての会議ということで、なぜか大張りきりになったカウンターパートは
要らないと言っているのに、私の活動紹介パワーポイントを作り
ひそかにUSBにしまいこんで会議に来ていました。
笑える、私の活動発表の時間枠はないんだってば。

さて、現在、福祉系の隊員は大きくは社会福祉局配属の隊員と特殊教育関係の局の養護隊員、
そして民間施設であるNGOの配属の隊員がいます。

だから、この会議では行政の社会福祉と特殊教育の当該局、
そして民間施設が集まる貴重な場となったわけです。

昨年のこの会議は、ボランティア側から「活動している中で見えているマレーシア側の問題点」
を提起する場としたそうなのですが、そうすると、どうしてもマレーシア側の人たちと
「対決する」みたいな形になってしまったらしく、大変雰囲気が悪かったそう。(こわっ)

その反省も踏まえてでしょうか、今回は、まぁそういう問題点はさておき(いっぱいあるけど)
ボランティアはこんなことできます〜
ということを示すような場になりました。

具体的には、
養護隊員は特殊教育のための教材を提示し
製品づくりが得意な隊員は、障害者が作れる製品を提示し
スポーツが専門の隊員は、体操のやり方を提示し

といった形で、ボランティアのアピールも兼ねて?まあそんな発表が行われました。

私は他のソーシャルワーカーの隊員たち一緒にと、今特に取り組みたいと感じている就労支援について発表し、
ジョブコーチの方法論でこんなふうに支援していけると思う、みたいな話をしました。

どんな雰囲気になるのかなぁ、とドキドキでもありましたが
下手なマレー語でもちゃんと聞いてくれて、また、その後障害者の就労支援についての
討議で非常に会議が盛り上がったのが、よかったかなー、と思っています。
発表はいまいちでも、良い話題提供となったということで(笑)

とにかく色々な関係部署が集まり、討議する場となり、
険悪な感じにもならず、前向きに会議が進んだことが良かったねー、とボランティアみんなで自画自賛(?!)。

でも、こういう行政と民間、福祉と教育、と分野や機関を超えての連携会議はとても
大切なので、JICAカウンターパート会議だけじゃなくて、やっていったらいいんじゃないかなー、と思いました。


養護隊員の使っている教材を皆で使用してみるの図

CIMG8366.JPG


マレー語で発表するの図
同期隊員より「かなちゃんのマレー語は関西弁だね。」って、えっ??、どいうこと??

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posted by おさる at 01:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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