2012年03月26日

マレーシア映画


映画はそれなりに好きな方でしたが、マレーシアでは映画とは縁遠くなってしまい
マレーシア映画も、ほとんど知らず。

それではもったいないな、と思い立ち、マレーシア映画鑑賞を始めました。

と言っても、映画館があるわけでもない私の町。
怪しげなDVD屋に行って、おいてあるDVDをまとめて買って週末鑑賞していましたが
なんというか、
ナンセンスな映画のオンパレード。

コメディーものは、ドリフを映画にしたような感じであり
恋愛ものは、昼間ドラ2時間もののようであり

これを映画と称してよいものかも、やや疑問なり。
と言わざるを得ない鑑賞感。
田舎のDVD屋に文化的と言える映画は存在しないことがわかりました。

でも、もちろんマレーシア映画にも良いものもあります。
私が好きなのは、Yasmin Ahmad監督の映画。
すでに亡くなってしまった監督ですが、お祖母さんが日本人ということもあってか
日本でも知ってる人は知っている?有名な監督です。

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生前に作られた映画6本のうちまだ2本は見れてないですが、
多民族国家マレーシアの面白さと問題点をつく内容のものが多いようです。

映画の中で語られた会話で印象深かったのが
「ラジオをひねれば、マレーだインドだ中国だ、いろんな音楽が聴ける。
もし、一つの文化や言葉、民族しかない世の中だったらどうなんだろうね。
想像もつかないね。」(Gubra)
というもの。

日本に住んでいると、言葉や民族の多様性を感じる機会が少なくて
逆に多民族の社会ってどんなのよ
と疑問に感じるものと思いますが、
マレーシアのような国の人からすると、
いろんな文化がまじりあっていることが当たり前で、
そうでない世の中ってどんなのよ
と感じるものなのだなぁ、と改めて実感しました。

2年近くのマレーシア生活の中で、ここでの文化のあり様も、なんとなく当たり前に
感じるようになってきていましたが、
やはりマレーシアは面白い。言葉も食べ物も文化もごった混ぜ。
ごた混ぜな分、言葉なんて通じればOK、という適当さですが、
その適当さもまた面白い。

映画というフィルターを通じて、自分のいる地点を見直すと、
ちょっと愉快になることがわかり、今度は大きいDVD屋に行って、bまともな映画を
買ってこよう、と思っているところです。


posted by おさる at 02:27| Comment(0) | TrackBack(0) | マレーシア文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月11日

震災1年

今日、2011年3月11日のからちょうど1年の日でした。

ちょうどKLにいたため、NHKの番組と共に震災のおきた日本時間14時46分に黙とうしよう

とテレビを見ていると、なんとも運の悪いことになぜかテレビ電波の調子が悪くなり
その時間の前に見られなくなってしまいました。

仕方がないので、自分で時計を見て、一人で1分間黙とうをしました。

1年前
「お前の田舎は大丈夫か?」「家族は無事か?」
とあれこれと心配してくれたまわりのマレーシアの人たちも
1年がたち
もうその関心はかなり薄れているのだろうと思います。

また「原発事故はもう解決したか?」と聞かれることもありますが
解決の道のりは少なくとも30年とされるこの問題。
簡単に片付かないことなんだ、ということが伝わっていないのかもしれないと感じます。

外国にいて、多くの友だちと知り合いのできた私にとってできることは
「今日は震災のあった日なんだ。まだ大変なんだ。」ということを
自分の知っている人にちょっとでも伝えること。

そういう地道なことが、震災の記憶を風化させないために
自分のできることなのかなぁ、という気がしています。

なんせ、どんなことでも、誰からも気にされなくなる、ってことが一番怖いから。

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ところでこれまでのJICAマレーシア事務所長が3月で日本に帰られることになり
先日その送別会がありました。

協力隊出身だった永江所長。
直接にいろいろとかかわりがあったわけではないけれど、
ボランティアのこと、いろいろわかってもらえている、という安心感がありました。

寂しいですが、お気をつけて日本まで!!

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posted by おさる at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

そうか!そうだったのか・・・!

現在の担当地区のPDKを先週巡回して回り
今日、カウンターパートとその結果、何をどうしていくのか
一日かけて話し合いをしました。

「カナのフィードバックをくれ。」
ということで、思ったことを述べるものの

話をしているうちにだんだん、私は
その巡回ですべきことをしていたなかったのではないのかーーー
という気持ちがしてきました。

私は就労支援を実施するために、どのPDKにどんな力をもった利用者が
いるのか、ということをアセスメントするために行かなければいけなかったのに
実際現場に行くと、いろーんな困りごとが見えたり
また、「今日、何やってくれんの、何やってくれんの。」
というような期待をかけられたりして
完全に軸がぶれてしまっていたー

ということが、カウンターパートと話をしているうちに認識できてきた。

もっと、自分が何をなすべきかをきちんととらえて
「今は、評価をさせてもらいたい時期なので、PDK訓練生の様子を良く見させてください。
家族背景を聞かせてください。家族に会わせて下さい。」
そんなスタンスをはっきりするべきだった、と今になり気づく。

また、カウンターパートは
「これから就労支援を実施するPDK訓練生を選ぼう。そしてそのうち何人が
カナが帰るまでに成功するのかを、きちんと見なければならない。」
という意見をもち、そのため活動の数値化を求められました。

そうして出た数字
7か所のPDKの訓練生158人中
28人が就労可能性があり、その中からさらに
8人について就労支援を行うことを決める。

正直、私のアセスメントと情報収集が十分でなかったので
この数値の根拠性は「私の印象」でしかなく全く自信がない。

しかし、今日のカウンターパートとの作業でわかったことは
「そうか、もっとちゃんと客観的に説明できる材料を提示しないとわかってもらえないんだ。」
ということでした。

例えば今後自分の活動でどんな変化をもたらすことができたのか
ということを説明する際に
「PDKのワーカーのやる気が非常に向上しました!」
とか
「PDKの訓練生に笑顔が増えてきました!」
と言ってもそれは回りにはほとんど何も伝わっていない。
そういう言葉では伝え難い雰囲気的なものや印象は、本当いうと一番大切なものなのだ、
と私は思うのですが、でも配属先含めてまわりに提示するには
主観としか捉えてもらえない情報なのだ、と思います。

だから、どんなPDK訓練生が何人いて、自分のかかわれるのは何人で
自分のかかわりにより、何人にどんな変化をもたらすことができたのか

そういう数値も含めた客観的な成果も、同時に提示できなければならない

そんなことが、今になって!!!!そう見えてきました・・・。

遅!!!

手探りの2年間、本当に気づきがいろいろあって勉強させてもらってばかりですが
もっと最初から賢くありたかったものだ・・・、やや泣きたい気分です・・・(涙)



写真は私の賢いカウンターパート。ばたばたとした日常業務の中、私の活動にも
よく付き合ってくれて、感謝しております。あんがと。↓

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posted by おさる at 02:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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