2012年04月26日

コミュニティーというもの

先日、事務所の高齢者部門のスタッフが
「老人ホームのGotong-Royongに行く。」ということであったので
興味があって、一緒に連れて行ってもらいました。

Gotong-Royongというのは日本語に直接なおすのが難しいマレー語で、辞書では
相互扶助
と載っていますが、たいていは皆で助け合っての大掃除をさす場合が多いです。

というわけで老人ホームの大掃除に行ってきました。

家族のつながりが徐々に薄くなりつつあるというマレーシアですが
高齢者への援助は家族が行う、という認識はまだまだ濃く
そのため日本のように社会制度としての老人ホームや高齢者サービスというのは
確立していないようです。
身寄りのない高齢者の入ることのできる政府所有の大規模施設は全国では2か所だけ。
そして、それ以外は地域の人々やNGOが所有する小規模なものであるとのことです。

今回行った老人ホームも地域の人々の所有である、との説明を受けましたが
一方で入居の受付は社会福祉事務所で行われていたり、
職員による見回りが行われていたりするということを知りました。

雰囲気は日本でいうところの、グループホームに近い感じで
木製の小さな部屋ですが、一応個室があるようです。全部で20部屋あり、現在の入居者は15名。
食事は食堂のようなところで、入居者皆で調理人が作ったものを食べるようです。
しかしながら、この老人ホームの世話をするのはこの調理人のみで
介助人などがいるわけではないらしく、基本的に身の回りのことは入居者自身で
行われているとのこと。

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老人施設特有のまったりした時間が流れていました。


さて、大掃除の方ですが、今回は健康局の職員が中心となっての実施で
そこにこの老人ホームのある地域の人たちが集まって協力していました。

地域の人たちは「この老人ホームの運営にはコミュニティーが協力していやっているんだ。」
と誇らしげに話をしていました。
こういう場面をみると、日本とマレーシアでは本当に社会のありようが
違うんだなぁ、ということを実感させられます。

日本ではもちろん地域福祉の重要さもさかんにうたわれますが
しかしながら、やはり福祉に対する大きな責任は、公的な機関にうつっているように思います。
一方で、マレーシアでの社会認識では
身寄りのない高齢者や障がい者など社会的弱者と呼ばれる人たちを助けるのは、
家族とそしてコミュニティー。
政府はそれを後押しする立場。
これがやはりマレーシア社会なんだな、と改めて思います。

以前はこういう社会認識に戸惑ったり、どうして
公的な援助が行き届かないのか
と不可思議に思ったりしていましたが、
最近では、社会認識のありようを見て
それに適した福祉のあり方を考えることが大切なんだろうと思うようになってきました。

コミュニティーによる互助がまだまだ機能しているマレーシア。
公的な支援もその互助をどう活かすか、と方向に考える必要があるのだろうと思います。

それにしても、皆コミュニティーへの貢献ということを結構一生懸命やっています。
日本のように毎日が残業という仕事環境ではない、ということも
それを可能にする一因かもしれません。
地域における役割をそれぞれもっている人々の姿を見ると
地域・コミュニティーという宙に浮いてしまいやすい言葉も
それが実のところ一体どんなものなのか、
実感をもって知ることが出来るなぁ、と感じました。
posted by おさる at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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