2012年05月02日

学んだこと色々

帰国を目前に控えて、協力隊の活動で悲しいことやら腹のたつこともいっぱいあったし
まわりの隊員と比較して決して活発とは言えない
のんべんだらりとした日々を送っていた私ですが、
でも、そうは言っても色々と勉強させてもらったなぁ、とふつふつと感じる最近。

一体何を学んだのか整理してみようと思います。

配属先から学んだこと

@活動には目標をもつこと

目標はそんなに大きなものでなくてもよかったんだ、というのが今の感想。
「この訓練生と一緒に食事作りのプログラムを週1回3カ月やります。」
とかそんなのでも良かったのです。大切なのは地に足付いた目標を立てること。


A活動前現状分析と評価をきっちりとすること

地に足のついた目標をもつためには現状の分析と評価が絶対に必要です。
ざっくりと「こんな感じやなぁ。」というだけでは
そこから何に変化をつければよいかわからないし
さらに、活動の前の分析と評価ができていなければ、
その後一体自分の活動で何が変化したのかもわからず、
成果の提示することもできません。

配属先がボランティアを要請するのは、言うまでもなく変化と向上が欲しいから。
その変化を見える形にするためには、
「活動をする前の状態」をきちんと見定める必要があると感じています。
この現状分析と評価をきちんとできていなかった私。
いや、どんなふうにやったらいいのかもわからず
手当たりしだいだったというのが現実。
今になって、活動終盤になり自分の活動で一体何がどう変わったのか、
ということを提示したくても
活動前の状態像の詳細を残せていない部分が多いため、
提示ができない、と茫然たる思いに陥ったりしています。
反省しても遅かりし。2年前にはもう戻れない。

B活動の成果はまわりにわかる形で残すこと

社会福祉という人への支援をする仕事で、
「言葉じゃ伝えられない変化こそが重要なんだよ。」
なんて思うところですが、それはぐっと胸におさえておくことが必要。
特にそもそも言葉が100%通じない、
そして物事の捉え方も自分とはずいぶん違う外国での活動で、
「言葉じゃ伝えられない変化」に対しての理解を求めようとしても至難の業です。
まわりにわかってもらうためには、
「何が、あるいは誰がどんな形で具体的に変化したのか。」
ということを成果として伝えなくてはいけないんだ、と思います。
そしてまた数字もあったらいい。数字は一番わかりやすい客観的指標。
「数字なんかで人への支援の何がわかるんだよ。」
という気持ちはそれはそれとして大事に温めつつ、
自分とは認識の違う(かもしれない)人たちへ成果を提示するために
数字も用いる場面が必要です。

以上、2年を経ようとして「結果論としてわかってきたこと」で、これらを出来ていたら
さぞ自分の活動もまとまったものになり、形に残っていたことだろう、と思うのですが、
まぁ、ほとんど出来ていない。

最初に誰かに教えて欲しかったよ、とほほ
と思ったりするものの、
そんなことは当たり前のことで誰もかれも御存じのことだったのでしょう。

しかし、私にとって大切なのは、「身をもって以上の教訓を得た。」ということで
おそらく最初に誰かに同じようなことを教えられたとしても、右から左、
実感を持って聞くことはできなかったでしょう。
経験と気づきを経て得た教訓は、たとえまわりから見て当たり前のことでも
自分にとっては人から何百回教えられるよりも、血となり肉となるもの。

今後の人生にさて活かすことのできる教訓なのかどうか、わかりませんが
でもどんな仕事でもたぶん同じような状況はあるんだろうな、と思います。

そうそう、だから私は少し成長したんだ。

手前勝手ですが、そんな風に前向きに捉えていこっかなぁ、と思うところです。

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関係ないけど、写真はABC
ABCって何よ
って簡単にいうとゴテゴテとしてかき氷のことをマレーシアではそう呼びます。
隣町のちょっと有名という噂のABC屋にて。

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posted by おさる at 21:17| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

薬物依存者の自宅訪問

帰る間際になってから色々なことに気づいてくるものですが
障がい者支援のための派遣であっても
社会福祉事務所のいろいろな部門の仕事にもっと関わらせもらえればよかったなぁ
と思うようになった今日この頃。

もちろん派遣の目的通り、障がい者支援を中心にやっていけばよいのですが、
しかし、マレーシア社会のあり様をよく知り
その中で実践されている福祉のあり方を知るためには
事務所で行われること様々なことに、もう少し目を向けてくればよかったと思います。
他分野のことであっても、
「マレーシア社会におけるソーシャルワークではどういう姿勢と認識で支援が行われているか。」
ということを学ぶことができ、
そのことは広い意味で自分の活動の土台にもなります。

遅きに失していますが、まぁそれでも日本に帰った時に他分野の福祉の状況を聞かれた時に
ある程度の状況を伝えられるというメリットもあるので
帰るまでの間、本業の合間を縫って
高齢者や青少年、薬物依存の人たちへの支援などに
最近は同行させてもらう機会をつくるようにしています。

そして本日は
Agensi Anti Dadah Kebangsaan
(National Agency of Anti Drugかな、英訳すると。。日本語だと反薬物協会??)と
社会福祉事務所の共同で行われる薬物依存者宅への訪問活動に同行させてもらいました。

薬物依存というとヘビーかつセンシティブな問題なので
同行しても良いのかな・・・?と思っていましたが、
そのへんもオープンというか、OKとのことで
逆に言うとプライバシーの保護という観点も少々緩い。

アルコール天国の日本とは違い、イスラム教国家のこの地では
アルコール依存症の話はそれほど多くは聞きませんが
一方で、薬物汚染の魔の手は私の任地のような小さな町にも広がっているようです。

薬物所持のため逮捕された人たちは、裁判所命令により
2-3年の間、上記の反薬物協会の提供するグループに定期的に参加し
また自宅訪問も行われる、とのこと。

本日は5ケースの家をまわり、生活状況を確認する作業が行われていました。

薬物に手を出す構成員のいる家庭では
他の問題も散見されるため
社会福祉事務所からの支援の必要性のあるケースも多いとのことで
そういった背景をもとに、今回の訪問は社会福祉事務所との共同で行われたようです。

今日のケースの中にも、いかにもすぐに壊れ落ちてしまいそうな家に住む
7人の子どもがいる家庭がありました。薬物依存者は父親。
就学年齢にある子どもたちも学校に行かずに家にいる。
「字を読んだり書いたり出来ない。」という母親は、社会福祉事務所で提供される
扶助についても知らなかったため、福祉を受けたことはなかったとのこと。
「福祉事務所に私を訪ねて来て下さい。援助することができますから。」
と職員が伝えて帰ってきました。

image008.jpg
(立っているのは職員)


こういうふうに福祉の色々な側面を見ると
マレーシアでもソーシャルワークは実践されており、
また今後もマレーシア社会に適合した方法論で確立されていくのだろう
という気がします。

残り少ない限られた時間の中ですが、
マレーシアの社会福祉の現状に関する見聞を少しだけ深めていきたいと思います。
posted by おさる at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月26日

コミュニティーというもの

先日、事務所の高齢者部門のスタッフが
「老人ホームのGotong-Royongに行く。」ということであったので
興味があって、一緒に連れて行ってもらいました。

Gotong-Royongというのは日本語に直接なおすのが難しいマレー語で、辞書では
相互扶助
と載っていますが、たいていは皆で助け合っての大掃除をさす場合が多いです。

というわけで老人ホームの大掃除に行ってきました。

家族のつながりが徐々に薄くなりつつあるというマレーシアですが
高齢者への援助は家族が行う、という認識はまだまだ濃く
そのため日本のように社会制度としての老人ホームや高齢者サービスというのは
確立していないようです。
身寄りのない高齢者の入ることのできる政府所有の大規模施設は全国では2か所だけ。
そして、それ以外は地域の人々やNGOが所有する小規模なものであるとのことです。

今回行った老人ホームも地域の人々の所有である、との説明を受けましたが
一方で入居の受付は社会福祉事務所で行われていたり、
職員による見回りが行われていたりするということを知りました。

雰囲気は日本でいうところの、グループホームに近い感じで
木製の小さな部屋ですが、一応個室があるようです。全部で20部屋あり、現在の入居者は15名。
食事は食堂のようなところで、入居者皆で調理人が作ったものを食べるようです。
しかしながら、この老人ホームの世話をするのはこの調理人のみで
介助人などがいるわけではないらしく、基本的に身の回りのことは入居者自身で
行われているとのこと。

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老人施設特有のまったりした時間が流れていました。


さて、大掃除の方ですが、今回は健康局の職員が中心となっての実施で
そこにこの老人ホームのある地域の人たちが集まって協力していました。

地域の人たちは「この老人ホームの運営にはコミュニティーが協力していやっているんだ。」
と誇らしげに話をしていました。
こういう場面をみると、日本とマレーシアでは本当に社会のありようが
違うんだなぁ、ということを実感させられます。

日本ではもちろん地域福祉の重要さもさかんにうたわれますが
しかしながら、やはり福祉に対する大きな責任は、公的な機関にうつっているように思います。
一方で、マレーシアでの社会認識では
身寄りのない高齢者や障がい者など社会的弱者と呼ばれる人たちを助けるのは、
家族とそしてコミュニティー。
政府はそれを後押しする立場。
これがやはりマレーシア社会なんだな、と改めて思います。

以前はこういう社会認識に戸惑ったり、どうして
公的な援助が行き届かないのか
と不可思議に思ったりしていましたが、
最近では、社会認識のありようを見て
それに適した福祉のあり方を考えることが大切なんだろうと思うようになってきました。

コミュニティーによる互助がまだまだ機能しているマレーシア。
公的な支援もその互助をどう活かすか、と方向に考える必要があるのだろうと思います。

それにしても、皆コミュニティーへの貢献ということを結構一生懸命やっています。
日本のように毎日が残業という仕事環境ではない、ということも
それを可能にする一因かもしれません。
地域における役割をそれぞれもっている人々の姿を見ると
地域・コミュニティーという宙に浮いてしまいやすい言葉も
それが実のところ一体どんなものなのか、
実感をもって知ることが出来るなぁ、と感じました。
posted by おさる at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 協力隊員活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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